教育基本法の理念に基づく教育再生に関する提言


                              平成24年10月26日
     
 自由民主党総裁             
      安倍晋三殿                 全国教育問題協議会
 教育再生実行本部御中                       顧問 小林 正


       教育基本法の理念に基づく教育再生に関する提言

 貴党本部に党則に基づく総裁直属機関として「教育再生実行本部」が設置され直ちに活動を開始された由、心強い限りです。民主党政権の出現によって新教育基本法の実施・具体的展開が行われず、謂わば「仏造って魂入れず」という状態が三年余り続いて参りましたが、昨今の教育を取り巻く状況は一刻の猶予も許さぬ段階を迎えています。教育の再生なくして国家の再生はありません。

 来るべき国政選挙において、貴党が掲げる当面の教育再生課題とともに中期的課題について提言致します。実行本部及び各分科会でご検討賜れば幸甚です。

 [提言]
I.文部科学省設置法を改正すること
 平成11年制定の文部科学省設置法は旧法にあった「権限」を全て削除し地方公共団体における法令違反に関する指導等是正措置を行うことが出来ません。これでは義務教育の最終的な責任は国が負うという教育基本法制定時の確認は困難となると同時に全国的な教育水準の維持も出来ません。

 公教育の役割は次代を担う日本人の育成にあり、地方分権の範疇で教育権を分離することは出来ません。同時に現在1/3国庫負担となっている義務教育費は全額国庫負担とすべきです。財政力の強い地方公共団体と弱い団体との間に教育格差を生ぜしめないための措置として重要です。

Ⅱ.地方教育行政の抜本的な改革を行うこと
 昭和31年成立の地方教育行政の組織及び運営に関する法律は教育委員の公選制を任命制とし、教育委員会制度は全国必置のものとしました。旧教育委員会法は言うまでもなくGHQ/CIE指導のもと占領教育行政の一環として設置されたものであり、憲法とともに占領行政の置き土産となっています。

 教育委員会の存在理由として長年、教育行政の安定性、継続性、政治的中立性が挙げられてきましたが、実態は政治的中立に名をかりた閉鎖性と無責任体質そのものであったことが明白になっています。さらに首長・議会の介入を拒む一方日教組など外部の圧力団体には弱い体質を露呈しています。大阪府・市の教育行政基本条例の制定、大津市教育委員会のいじめ自殺事件に端を発した自浄能力のない隠蔽体質などから、今教育委員会制度そのものに対する批判が高まっています。

 参考資料として各機関、団体の教育委員会制度に対する見解を添えます。結論を申し上げれば教育委員会の必置規制を緩和し、地方公共団体が条例によってその改廃を選択できるようにすることです。こうした方向でのご検討を下さるよう提言します。

Ⅲ.新教科書法の制定に関すること
 昭和31年第24国会に提出され廃案となり、以降現行法は昭和23年制定された「教科書発行に関する臨時措置法」に累次改正を重ね今日に至っています。

「地教行法」の制定(昭和31年)、「義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律」(昭和38年)の制定を受け、教科書行政は改善されてきましたが、今日最も重要な課題は、教育基本法の抜本的な改正が行われたにも関わらず、その理念が現行教科書に反映されていないことにあります。就中、教育基本法第2条(教育の目標)を受けて学校教育法改正・学習指導要領の改訂が行われた結果が教科書の改善につながらない状況となっています。

 昭和31年国会において試みられた教科書行政法案は廃案となりましたが、今改めて教育基本法の理念を踏まえた総合的な教科書法を制定して頂きたい。

Ⅳ.教員身分法の制定に関すること
 昭和24年制定された教育公務員特例法は当初教育刷新委員会において、教員身分法として検討された経緯があり、後に国家公務員法・地方公務員法が先行制定され、両法の特例として制定されました。

 教育基本法第9条(教員)は旧法が「全体の奉仕者であって、自己の使命を自覚し」とあるのに対し「自己の崇高な使命を深く自覚し」となっています。職責において「崇高な使命」を求められる職業はありません。教育が「人格の完成」を目指して行われるという使命を帯びている立場からすれば教職はまさに「崇高な使命」と言わなければなりません。

 教育公務員特例法は、教育を通じて国民全体に奉仕する教育公務員の職務とその責任の特殊性に基づき、既に職にある者の任免、給与、分限、懲戒、服務について規定しています。一方、教基法第9条は2項で「その使命と職責の重要性にかんがみ(略)養成と研修の充実」が図られなければならないとしています。

 言うまでもなく養成は大学において行われ、研修は採用後、教育委員会が行います。従って教基法第9条は教員としての身分を取得する前段から取得後の職責まで包括的に教員の身分について規定しています。

 教職については、かって聖職者たるべしから労働者論まで幅広い論議があり、現在では教育専門職に収斂されつつあります。今年8月中教審は「教員の資質能力向上特別部会」報告を受けて「教員養成」に特化した答申を行いました。
 この中で教員養成を修士レベル化し、教員を高度専門職業人として明確に位置づけるとしています。この答申自体は民主党政権下の諮問に応じたものであり、実現性に乏しい置き土産でしかありません。

 戦後教育行政は紆余曲折を経て今日の姿になっていますが、現行諸法規について、新たな教基法の観点から大胆な構造改革が必要ではないかと思量致します。
 教員養成、資格、採用、研修に関する資質向上のための諸施策、服務、勤務条件等を包括する教員身分法(仮称)を制定して頂きたい。

V.教育職能団体の結成に関すること
 平成23年10月1日現在の教職員団体の加入状況は全体で40.2%、非加入率は59.8%となっています。新採用教職員の加入状況は全体で22.6%、非加入率は77.4%に達しています。かって最盛期86.3%(昭和33年)の組織率だった日教組 は26.2%になっています。職員団体がそれぞれ勤務条件の向上を目指す取り組みをすること、組織内の様々な情報交流を行うことは当然ですが、非加入者に関しては多様な情報を得る機会がありません。

 教育刷新委員会は昭和22年4月4日、第29回総会において、「教員の身分、待遇、及び職能団体に関すること」の決議を行いました。その中で、「教員は、その特殊な身分に基づき、労働組合法による組合とは別に、職能団体として左のような教育者の団体(仮称教育者連盟)をつくることが望ましい」(参考資料別紙)として、目的・組織・構成員等について規定しています。

 英国において、教員は伝統的に専門職の中にあっても医師や建築家などと比べ、待遇や社会的評価が低いとされてきました。サッチャー政権時代から、専門職団体の結成が検討されてきましたが、「巨大な教員労組が出現するのでは」等の懸念が示されていました。1997年の総選挙において、政府労働党は「教員の専門性及び地位向上を目的に教員を対象とする専門職団体の設置」を公約し、「1998年教員・高等教育法」により、約40万人の初等・中等教員を統括する「全国教員協議会」の設置を正式に決め、2000年から活動を開始しています。内容は別紙資料をご参照下さい。

 教育再生と活性化のため、幅広い現場教職員の研鑚と交流の場として教育職能団体の結成は急務ではないかと思います。法令に基づく全国教育職能団体協議会(仮称)結成の検討を始めて頂きたい。                                                                                  以上


    Ⅱ.地方教育行政の抜本的な改革を行うことー参考資料

2)教育委員会制度をめぐる論議
 (1)教育委員会廃止論(教育行政を首長の指揮監督下に置く)
 (2)教育委員会活性化論(教育委員会存置を前提に活性化を模索)
 (3)自治体による教育委員会の選択的設置論(必置規制の緩和、条例により改廃可能とする)
3)各種団体機関による提言
 (1)経団連「21世紀を生き抜く次世代育成のための提言」04年4月
  教育委員会あるいは事務局に専門能力のある人を入れ、立案機能を強化する。

(2)全国市長会・町村会「教育委員会制度の選択性の導入に関する要望」06年6月
  地方公共団体の長が、一体的に教育行政に意向を反映させることができるようにするため、必置規制を緩和し、地方公共団体における教育行政の実施について、教育委員会を設置して行うか、長の責任の下で行うか、選択可能な制度とする。

(3)規制改革・民間開放推進会議「規制改革・民間開放の推進のための重点検討事項に関する中間報告」06年7月
  教育委員会の必置規制を撤廃し、地方公共団体が選択できる方向で検討する。

(4)地方制度調査会「地方の自主性・自律性の拡大及び地方議会のあり方に関する答申」05年12月。
  教育委員会の存廃は地方公共団体の判断により選択できることとするのが適当である。

(5)中教審「新しい時代の義務教育を創造する」05年10月
  教育委員会の設置は選択性にすべきではなく、必要な運用や制度の改善を図ることが必要である。

(6)経済財政諮問会議「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2006」06年7月
  教育委員会制度については、十分機能を果たしていない等の指摘を踏まえ、教育の政治的中立性の担保に留意しつつ、当面、市町村の教育委員会の権限を首長へ移譲する特区の実験的な取り組みを進めるとともに、教育行政の仕組み、教育委員会制度について、抜本的な改革を行うこととし、早急に結論を得る。