日本人が大切に育ててきた心


全国教育問題協議会理事 宇野和秀(埼玉県)

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わたくしたち日本人の祖先は、縄文、弥生時代は自然を崇拝し、神(霊魂)に対するおそれ、祟りを免れる知恵を学んで日々神道にのっとって暮らしていた。

その後振神道精神の中に現実超越、来世転生の思想、つまり、仏教が暮らしの中に取り入れられ、平安時代から室町時代にかけて日本人の精神的主柱になった。

仏教は日本人の暮らしに水墨画、茶道、華道などさまざまな文化をもたらし、日本の文化を深め、より高めていった。しかし、戦国の乱世を経て江戸時代になると、現実的に政治を安定させる必要を生じ、一人前として、また、治世者としてどうあるべきかが真剣に問われることになった。

そこで幕府が取り入れたのが儒教の教えであった。徳川幕府は「君子学」を学び、江戸幕府は御用学者として林羅山を招聘し、朱子学を各藩の藩校や寺小屋において武士から庶民、子どもまで学ばせた。

その結果、日本人の日常生活に儒教の教えが浸透し、明治維新といった大変革期の新しい時代の思想を支える屋台骨となったのである。

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大正時代に入り、日本にも西洋の思想が入り、日本人は少しずつ「個」に芽生えてきたが、あるべき日本人の生き方を示した「教育勅語」の精神の浸透によって日本人の変革を生じるまでには至らなかった。

しかし、第二次世界大戦の敗戦により日本人の心は百八十度大転換した。

「民主主義」というイデオロギーが占領政策への根底となって日本、そして日本人を支配し、その中に保障されている自由、個性の尊重、平等思想を私たち日本人は自分を磨くことなく受け入れ、主張し、行動に走るようになった。

日本人の心を支えてきた思想は多様化し、混乱し、戦後七〇年たった今の社会が形成された。

日本人は過去に神道、仏教、儒教など様々な思想を受け入れ、日本人に適する良い部分を取り上げ、日本人独自の文化、暮らしを作り上げ育ててきた。

それは「愛国心」「和」「孝」「敬」「譲」「礼儀正しさ」「正直」「誠実」などがある。

この心は日本人が代々受け継いできた日本人の心であり、多くの外国人の心を感動させている。

ピーター・ドラッカーは「私は二十一世紀の日本が日本特有の社会的調和の『和』を発展させていくことを願う。和の精神の発展こそ私が四十年前に初訪日して以来親しくさせていた方々が築き上げてきた偉業だった」と彼の著書「明日を支配するもの」に述べている。

三・一一の大地震の時、外国人が驚いたのは冷静な日本人の行動だった。

私はむやみに西洋の文化や思想を後押しするのではなく、もう一度捨て去った先人の心を掘り出してみる必要があるのではなかろうか。

「自分は日本人である」という認識を自覚する時であろう。