八重山教科書問題


八重山日報編集長 仲新城 誠

 八重山諸島は日本最西南端に位置する国境の島々で、日本の安全保障をめぐる問題が、まるで縮図のように展開されている。

 『石垣市、竹富町、与那国町の一市二町から構成されており、中国が虎視眈々と狙う尖閣諸島は石垣市の行政区域である。与那国町(与那国島)は日本最西端の島でありながら防衛の空白地帯とされ、防衛省が自衛隊配備計画を進めている。

 つまり八重山は国境の島々であるがゆえに、日常的に中国の脅威と対峙せざるを得ない。2011年に勃発した八重山教科書問題に、そうした地理的な背景がある。

 八重山地区での教科書選定は、一市二町がそれぞれ委員を出す「教科用図書八重山採択地区協議会」という組織が行っている。ところが実際には、実際に教科書を選定していたのは現場教員だった。

 協議会から「調査員」に委嘱された現場教員が、各社の教科書に順位をつけて協議会に報告。協議会は現場教員が「一位」に評価した教科書をそのまま選定していたのである。

 現場教員が各社の歴史、公民教科書を評価すると、新しい歴史教科書をつくる会の自由社版や、日本教育再生機構の育鵬社版は常にランク外で、採択の可能性が完全に排除された状況が続いていた。 

 協議会会長に就任した石垣市の玉津博克教育長は、現場教員の意見にかかわらず、協議会が自主的な判断で教科書を選定できるようにした。協議会の委員も中立的に判断できる人材に入れ替えた。その結果、公民教科書は育鵬社版が選定されたのである。

 しかし八重山で従来、現場教員から高い評価を受け、使用されてきたのは東京書籍版だった 尖閣諸島について東京書籍版の記述を見ると「日本の領土ですが、中国がその領有を主張しています」という記述しかない。日本の領土なのか中国の領土なのか不明確だ。

 自衛隊については「平和と安全を守るためであっても、武器を持たないというのが日本国憲法の立場ではなったのかという意見もあります」とあり、違憲とも読める記述になっている。

 中国に尖閣諸島を脅かされ、与那国島に自衛隊を配備しようという時期に、子供たちがこうした教科書で教えられるとなると、心細くならざるを得ない。

 育鵬社版は尖閣諸島について、日本の領土であることを詳述。自衛隊についても「日本の防衛には不可欠な存在であり、また災害時の救助活動などでも国民から大きく期待されています」などと肯定的に評価している。

 石垣市、与那国町は協議会の選定通り、育鵬社版を採択したが、竹富町のみは東京書籍版を採択し、真っ向から対立。県内有力マスコミはこぞって竹富町と東京書籍版を支持し、玉津教育長らに猛烈な個人攻撃を仕掛けた。同年九月には、竹富町と県が中心になり、一市二町の全教育委員を集めた会議を招集。育鵬社版を「逆転不採択」に追い込む事件も起きた。

 しかし最終的に文科省は、育鵬社版を法律に則って選定された唯一の教科書と認め、東京書籍版の無償給付を認めなかった。竹富町は現在、町民の寄贈によって東京書籍版を調達し、生徒に配布している。採択地区(ここでは八重山地区)内では同一の教科書を使用することを規定した教科書無償措置法に違反した状態である。

 (2013年)三月には文科省の義家弘介政務官が竹富町教育委員会と県教育委員会を訪れ、育鵬社版を採択し直すように迫ったが、竹富町は頑として応じず、県も指導を回避している。イデオロギーに凝り固まった対応というほかなく、膠着状態に陥ってしまった。 次の教科書採択まで二年。教科書採択に名を借りたイデオロギー闘争の再燃が懸念される。