憲法9条2項を正当な政府解釈に戻せ
自民党の憲法改正に関する確認ないし提言
全国教育問題協議会顧問 杉原誠四郎氏
一般社団法人・全国教育問題協議会で長年、顧問として活躍され、教育基本法の制定などにも尽力されている杉原誠四郎・元武蔵野大学教授が自民党の憲法改正の動きに対して貴重な提言を行っていますので、以下、紹介します。
■憲法9条の改正について
本年2月5日、衆議院予算委員会で安倍首相は第9条改正に関し、現行第9条を第2項も含め現行のままとし、自衛隊について明記する改正案につき、「自衛隊の正当性を明文化、明確化することは我が国の安全の根幹に関わる。改憲の十分な理由となる」と述べ、自衛隊設置の根拠規定を憲法に規定する意義を強調した。「自衛隊が合憲であることは政府の一貫した立場であり、国民投票で否決されても変わらない」とも述べた。
これに対して、自民党内でも石破茂議員などは、自衛隊を明記するだけでは、自衛隊は立派な戦力であるから、第2項の戦力の不保持、交戦権の否認との間の矛盾が大きくなり、第2項を外さなければ、自衛隊の明記は意味をなさず、正当な憲法改正にならないと反対意見が出ている。
私と対談して『憲法及び皇室典範論』という対談本を共著で著した憲法学者小山常実氏は、安倍首相の自衛隊の規定のみ書き加える憲法改正案が実現すると、今まで国家としてありえない第2項の戦力と交戦権の不保持の規定について、これまでは押し付け憲法としてやむをえない状況の中で存在していたものから、日本国民が積極的にこの規定を肯定し、積極的意志としてこの規定を受け入れることになるとして、この安倍首相の改正案は絶対に受け入れてはならないと主張している。
これに対して、対談者の私は、安倍首相の自衛隊明記のみの改正案について受け入れて容認している。
その理由を以下述べる。
安倍首相は、戦力を保持しないという文言を残しつつ、自衛隊を明記することは、今の憲法の解釈で自衛隊が認められているという現状を憲法に書くということなので矛盾は生じないとしきりに説明しているが、しかし自衛隊を憲法に明記するということは、今、呟かれている自衛隊と、戦力と交戦権との間の矛盾をいっそう大きく鮮明にするだけであるという反論を確実に説き伏せることはできない。
よって、安倍首相がいかに現行の解釈を変えないと強調してもいつかは、第2項を外すか、あるいは第2項の戦力と交戦権の不保持は第1項の外交の手段としての戦争のための戦力と交戦権の不保持を言い表したものと政府解釈を変えざるをえなくなると考えられる。後者は、つまり、自衛戦争のための戦力と交戦権は保持しているという解釈の樹立である。
「九条の会」等、憲法改正に反対する勢力は、いかなる改正もやがては自衛戦争のために戦力と交戦権の保持は認めざるを得なくなると予想するがゆえに、9条につき、いかなる改正にも反対するのである。
彼らの主張では、自衛戦争はいかなる制限もなく実行できそのための戦力を保持することは、戦争が可能となり、そのため戦争を誘発するということになると認識する。戦争のできる戦力が大きくなることは、仕掛けられる戦争を抑止し、その結果、戦争を防止することができ、平和を維持することになるという安全保障の重要な論理を解さない。
よって「九条の会」等は、安倍首相の現行解釈を変えないことを前提にした第9条改正案にも反対するわけである。
安倍首相の改正案が実現すれば、安倍首相にそのつもりはなくても、やがていつかは現行解釈を変更して、自衛戦争において戦力と交戦権はともに保持しているという解釈になっていくと恐れているのである。
しかし実は、自衛戦争である限り、戦力も交戦権も保持しているという解釈は、現行憲法が制定されたときの正当な憲法解釈であったのである。そのことをまず確認すべきである。
確かに昭和21年帝国議会に大日本帝国憲法改正案が提出されたときの最初の改正案では、第9条はいかなる場合にあっても戦力と交戦権の不保持を示す規定であった。
しかしいわゆる芦田修正が行われ、第2項に「前項の目的を達成するため」の文言が入り、戦力と交戦権の不保持の規定は自衛戦争を除いた前項の外交の手段としての戦争の場合においてのみ適用されるように解釈されうることになったのである。
この変更によって、日本は軍隊を保持することが可能となったと解釈した占領軍は極東委員会の意向を受けて、第5章の内閣に関する規定で第66条第2項に「内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない」という、文民統制、いわゆるシビリアン・コントロールの規定を追加させた。
このような経緯の限り、現行憲法は自衛戦争のためには戦力を保持し交戦権を保持するという解釈が正当な解釈といえるのである。他ならぬ憲法改正の際の総理を勤めた吉田茂のお膝下、外務省でも、昭和22年には日本は自衛権を否定したものではないと解釈したのである。
占領下で吉田茂も占領末期、マッカーサーとともに日本に自衛権のあることは認めるが、再軍備に反対する立場から、戦力も交戦権も認められていないという解釈を推し進めた。吉田首相は再軍備を拒否するため、憲法をこのように歪に解釈し、その解釈を政府の解釈として広めた。
吉田は憲法改正も拒否したが、それは憲法改正をするとすれば明らかに第9条を改正し、軍隊を保持できることを明確にすることになるが、そうすれば再軍備をしなければならなくなるので、憲法改正にも反対したのである。何よりも再軍備拒否を優先した吉田は憲法改正も拒否したといえるのである。
実は占領軍は、現行憲法がまだ施行されていない昭和22年(1947年)1月3日、極東委員会の意向を受けて、現行憲法に関して「憲法が日本人民の自由にして熟慮された意思の表明であることに将来疑念が持たれてはならない」として、施行後初年度と第2年度との間で国会の正式な審議に再度付されなければならないと、指示を出していたのである。再検討は施行後第2年度までであるから、この再検討の責任はその後の片山内閣や芦田内閣に形式的にあることになるが、最終的には憲法改正時の首相を務め、この指令が出てきたときも首相であり、占領期最後の時点で首相を務めていた吉田首相の責任となる。
吉田は憲法改正の拒否の理由をしばしば国民が反対しているからと言ったが、昭和27年4月の『読売新聞』の調査では、「あなたは憲法を改正して、日本が軍備を持つことに賛成ですか」という問いに、47・5パーセントが賛成で、反対の39・0パーセントを上回っていた。国民世論の上で憲法改正及び再軍備は明らかに可能だったのである。
吉田は日本国民に対しては、再軍備はしていないと説明しながら、他方ではアメリカ政府に対してはその要求は受け入れざるをえず、警察備隊から保安隊へ、保安隊から自衛隊へと事実上軍備を強化し、整えていた。そのため説明が転々と変わり、昭和28年には「戦力なき軍隊」というような説明をしたりする。
要するに、改正の段階では、軍隊が保持でき、したがって自衛戦争のためには戦力も交戦権も保持すると解釈しえたのに、今日のように自衛権は持っているけれども、戦力と交戦権は保持していないという解釈となったのは、吉田茂によってなされた劣悪極まる解釈が起源なのである。
したがって正当な憲法学としては、現行の条文でも、自衛戦争に関する限り、戦力も交戦権も保持すると解釈にしなければならず、その解釈が正しいのである。
交戦権を認めないとどのような矛盾におちいるか。日本に侵略してくる敵国に対して、武器を輸送している船舶に対して、拿捕、臨検できないし、また、海上封鎖によって日本の存続が脅かされた場合、敵国は直接日本を攻撃しているわけではないから、これに交戦することができない。
交戦権を認めない矛盾の極まりは、自衛戦争で戦闘行為をしていても、それは交戦ではないと説明しなければならないことである。正当防衛で殺人をしてしまった場合、それは殺人ではあるには違いないが、正当防衛であるため、殺人罪としては棄却されるという説明と異なっている。
それは殺人でありながら、殺人ではないとして、ナイフを体の中に心臓方向を目指して挿入しているだけだと説明しているようなものである。
自衛権はありながらそのための戦力と交戦権は保持しないという説明がいかに偽りに満ちたものであるか。
このことを反省し、憲法改正から70年以上経て、そろそろ正当な解釈に帰ってよいのではないか。
ここで、安倍首相、及び自民党の皆さんに提言がある。
もし現在の機に憲法改正が実現できなかったら、それで終わるのではなく、第2項の政府解釈を正当なものに戻していただきたい。これは国民審査の手続きが不要で現在の3分の2の議席で十分すぎるほど可能である。
そしてその正当な解釈が成立すれば、自衛隊を明記するのに、第2項を削除する必要はなくなる。憲法改正に反対する人たちも、憲法に自衛隊明記に反対する理由がなくなる。案外、このルートが憲法改正の最も早い道であり、最も早く憲法改正を実現できる道かもしれない。
というより、憲法改正に向けて、最も正当な方法ともいえる。もともとありえない歪んだ解釈を正当なものに返すのはまさに正当なことであり、これが最も正当な法治主義に順じたということになるかもしれない。
憲法学の学者の間で、自衛隊は違憲であるという説が多数であり、嘆かわしいといえる状況であるが、これも政府が第9条に関し歪んだ解釈をしていることが大きな原因となっている。
政府の矛盾に満ちた解釈より、自衛隊は違憲であると解釈した方がはるかに筋が通っているように見受けられるから、憲法学者は憲法学者でありながら、安全保障という法の実体を考えず、この誤った解釈に終始するのである。
その根本原因は、政府があまりにもでたらめな歪んだ解釈をしているからであるといえるであろう。
■政教分離の規定について
現行憲法は厳しい政教分離の規定を設けていると解されている。第20条の信仰の自由の規定と第89条の公の財産の用途制限に関する規定によるものである。
しかしこれら現行憲法の規定は、国家と宗教の友好的分離の規定であり、良識を踏まえた規定であることが十分に理解されていない。特に第89条で、「公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、・・・これを支給し、又はその利用に供してはならない」の解釈が問題で、この規定を文字どおり適用すると、神社の地域の祭礼は行えなくなる。神輿を担ぎ大道を練り歩くいわゆるお祭りは、特定の宗教団体の儀式に天下の大道を貸与していることになるからだ。
にもかかわらず、何ら痛痒なく日本の津々浦々神社の祭礼が大道で行われているのは、この地域の祭礼に祭祀としての公共性があると認識され、それゆえに合憲とされているからだ。ということは、この第89条は、祭祀に特別な配慮をしていると解するよりほかはないのだ、ということである。
この点、平成24年に出されている自民党の憲法改正案を見ると、政教分離に関するこの点が十分に理解されておらず、不十分な改正案となっている。
その結果例えば、宗教系私立学校にも公費助成が可能にするようにということを配慮した条文変更を行っている。これは憲法の政教分離の規定に関する理解が浅いからである。
戦後の憲法解釈の主流を形成したともいえる東京大学教授宮沢俊義は、これらの条文を浅薄な解釈に専恣し、私立学校に公費助成を行うのは憲法違反であるという解釈をした。これは政教分離に関する現行憲法の規定の解釈を正しく行えなかったからである。
宮沢の浅薄な文言による解釈であれば、大道で行う神社の祭礼は違憲と言わなければならないはずであるが、そう言えばあまりにも社会的混乱が大きいので、宮沢はこの問題については、問題の存在していることに気がつかない振りをして、この問題には一切言及しなかった。
今上天皇の即位に関する大嘗祭については、宗教的行事であることを認めながら、そこに祭祀として公共性があるとして、日本政府は天皇の公的行為と位置付けて関与した。正しい政教分離の解釈である。
私事であるが、私は、この大嘗祭が行われるに先立って、公明党の衆議院議員を介して、内閣法制局に意見具申に行ったことがある。
もし、大嘗祭は宗教活動であるゆえに政府は関われないということになれば、政教分離に関する誤った憲法解釈が固まってしまうと恐れたからである。
祭祀は宗教活動の中の一部ではあるが、そこには社会的に見て一定の公共性があり、この公共性に基づく限り、公権力は宗教に関わりうる、としなければならない。
当時の公明党議員は私がどのような意見具申をするかを知った上で、内閣法制局との間の仲介を取ってくれた。
公明党は日蓮の教えに従っており、日蓮には護国の精神があり、この公明党議員は護国の精神に基づいて、私を内閣法制局に仲介したのだと、当時、私は思った。
ともあれ、自民党の憲法改正案の政教分離に関するところの改正案は不十分である。
■天皇は元首である
現在の日本政府は、天皇に関する政府解釈として、天皇は元首であることを明確にしていない。
公民教科書に至っては、昭和48年、吉国一郎内閣法制局長官が参議院内閣委員会で、今日では実質的な国家統治の大権を持たなくても国家におけるヘッドの地位にある者を元首とするような見解も有力になっているとして、この定義によれば、「天皇は現憲法下においても元首であると言って差し支えない」と答えているのにもかかわらず、公民教科書ではこのような答弁がなされているということすら記載を認めなかった。文科省における公民教育、公民教科書では、あたかも日本国の共和国化を目指しているかのようである。
これは政府において、天皇は元首であるという解釈を明確にしていないからである。天皇が元首でありことを認めたがらない人たちのその主張の根拠は、天皇の地位について「主権の存する日本国民の総意に基づく」とあり主権在民の規定があるからということであろうが、しかし大日本帝国憲法制定にも実質的に参考にされたであろう、1831年に制定されたベルギー憲法ではその第25条で、「すべての権力は、国民に由る」としながら、同時に国王は元首であるとしている。
現行憲法は占領軍によって原案が作成されたことは誰もが知っているが、その原案を作成するに当たって、マッカーサーから示された3つの原則の1つは「天皇は元首である」ということであった。それが現行憲法では「象徴」として記載されることになるのであるが、これは元首たる君主が時代の進むとともに象徴化するということを明確にし、立憲君主のための表現として世界に先駆けて憲法に表記したということで、正常に解釈すれば、象徴であるゆえに元首であるといわなければならないものである。
が、公民教科書の検定を行う段階では、象徴であるゆえに元首とはいえないという論法を採っている。これは世界の立憲君主国の趨勢に反しており、政府の解釈を明確にして、この点の混乱を終息させる必要がある。
■解釈を正すのも憲法改正の一環である
以上、3点にわたって、確認ないし提言をしてきたが、日本政府は、現行憲法につき、その原案を起草して日本に押し付けた占領軍よりもはるかに歪んだ劣悪な解釈を行っている。
日本国憲法は、たとえ名目であろうと、大日本帝国憲法の改正手続きを踏んで改正されてできたものである。
だとしたら、解釈に当っては、大日本帝国憲法に近づけて、それを継承する形で解釈するのが最も妥当であり、正当であるはずである。にもかかわらず、政府解釈の多くは、できるだけ大日本帝国憲法から切り離したものになっている。これは憲法制定の過程からも許されないものであるはずであるが、実際には政府解釈の多くはそうなのである。
これには憲法制定当時、東京帝国大学憲法学教授であった宮沢俊義の影響が大きいと思われる。宮沢は幣原内閣の中に設けられた憲法改正のためのいわゆる松本委員会に筆頭委員で、マッカーサーを激怒させ、占領軍で原案を作成させることを決意させるきっかけとなった、政府の用意した改正案の事実上の起草者であった。
宮沢の起草したその改正案が占領軍によって否定され、それゆえに昭和20年(1945年)8月15日に革命が起こっていたとして、それまでの憲法に対する態度を一変させ、それ以後日本国憲法をして天皇を貶め、日本の文化の存続に顧慮することのない解釈をして、これを日本国内に広げた。
このような保身のために憲法学を売った憲法学者の学説が、日本政府にも多く受け入れられ、総じて日本の憲法学界の主流となっている。
こうした憲法学の流れも解して、現時点の憲法改正に当っては、憲法改正とともに憲法解釈の正常化、正当化が必要なことを確認しておかなければならない。
【参考文献】
杉原誠四郎『理想の政教分離規定と憲法改正』(自由社 2015年)
杉原誠四郎・小山常実『憲法及び皇室典範論―日本の危機は「憲法学」が作った―二人の公民教科書代表執筆者が熱く語る』(自由社 2017年)